英語の人称代名詞、彼はhe、彼女はshe、中学一年で習いましたね?
ではこのheやsheが、将来的には使えなくなるかもしれないということはご存知ですか?
もう既に世界の流れはそういった方向に動き始めているのです。
heやsheを使わないなんて、そんなことが可能なのでしょうか?
「彼」や「彼女」のことを何といえばいいのでしょうか?
そもそもいったいなぜ、世の中そんなことになってきているのでしょうか?
米バークレー市議会が全会一致で決定
先日NewSphereというサイトにこんな記事が掲載されていました。
「he と she は they に 性差ある単語使わない、米バークレー市 肯定的な研究結果も」
米カリフォルニア州の都市バークレーの市議会が7月、同市の条例から性別を特定するような単語や表現をすべて排除することを全会一致で決定した。このニュースが世界を駆けめぐったとき、ソーシャルメディアでは「やり過ぎでは?」という声も見られた。
出典:NewSphere「he と she は they に 性差ある単語使わない、米バークレー市 肯定的な研究結果も」
これだけでどういった類のトピックなのか、想像できる人も少なくないと思います。
そうです。
LGBTなど、男女という2択に当てはまらない性の多様性に、世界がどう対応していくのかという議論です。
heやsheというのは、文章の中で男性か女性かというのを明確にしているわけですが、それらの人称代名詞を使わないことで、意図的に性別を限定しないようにしようというのです。
何もこうした性別を含む単語を見直そうという動きは、今に始まったものではありません。
例えば「キャリアウーマン」という単語。
男女雇用均等法の制定に伴い、1980年代から女性の社会進出が増え、それまで男性ばかりがついていたような職種に女性もつくようになり、とくに職場で管理職的な職制につくようなキャリア志向の強い女性が「キャリアウーマン」と呼ばれるようになりました。
ところが時代は進み女性の管理職なども当たり前になってくると、キャリアウーマンという単語は本来の使用用途を逸れ、どこか男性からのやっかみなどを含んも、仕事中心に生きる女性を揶揄するようなニュアンスのものに変わってきました。
こうした差別用語的な側面を持つことから、「キャリアウーマン」ではなく、「ビジネスパーソン」が適当である(ビジネスマンやビジネスウーマンも性差別にあたるということで)と今日では考えられています。
他にも、
- 看護婦→看護師
- 保母さん→保育士
など、職業に性別を含めない呼び方が、もう既に浸透してきています。
子供の参観日などで学校に行くと、小学校や中学校でも「くん」や「ちゃん」ではなく「さん」で統一されていました。
私が生徒だった30年ほど前とは、社会全体の意識が大きく違っているのが感じられます。
さてそうした変化があるのは分かりますが、heやsheといったかなり使用頻度の高い人称代名詞となると、また一つ上のステージに突入した感じがしますね。
ではheもsheも使わないとなると、いったい何と呼べばいいのでしょうか?
Theyって単数でも使っていいの?
性の多様性の話はいったん置いておいて、言語としてheとsheの代替えとなるものが必要になってきます。
男性を示すのがhe、女性を示すのがsheですが、性別が不明の場合はどうすればいいかというのは、何もLGBTの議論以前にもあった課題ですよね。
男性か女性か知らない人のことを話したり書いたりする時に、「he or she」と言ったり、「he/she」と記述したりすることがありますが、性の区別なく使える代名詞があります。
いったい何でしょうか?
その答えは、「they」です。
theyといえば、我々が中学校などで教わってきた限りでは、「3人称複数」を表す人称代名詞でしたよね。
ところが、theyは3人称単数の代名詞としても使用できるというのです。
基本的な使い方は、
- 活用はthey/their/theirs
- be動詞は基本areを使うが、isを使うこともある
- 動詞の活用はheやsheと同じ
ということです。
こうした用法はあまり知られていませんが、実は昔からあったそうです。
theyはほとんどの場合において複数形で使われてきましたし、日本の英語教育ではtheyと言えば必ず複数を指す代名詞として扱われてきました。
ですが単数で使ってしまって全く問題ないのです。
例えば同僚の子供の話になって、性別が分からないので、
How old is she, or he?
なんていう風に訊ねていたところを、
How old are they?
としてしまっていいわけです。
とすると、見た目に男性か女性か判別しにくい人(海外では少なくありませんね)について話すときに、
「男性っぽく見えるけどheでいいのかな? 女性だったらどうしよう」
などと心配する必要もなくなるわけですね。
こうした動きが広がりつつある理由、背景は?
元の話に戻ります。
こうした動きの背景には、LGBTなど男女の2択では収まらない性の多様性に対する認識の変化があります。
もともとLGBTが存在しなかったわけではありませんが、マイノリティと考えられこうした議論に至っていなかったのです。
時代とともにカミングアウトする人の数も増え、受け入れて認識を改める人も増えてきました。
またグローバル化が進んでインターネットで世界中に向けて発信される情報が増えると、あちこちで多様性という言葉が使われるようになり、社会的にも多様性に対応する必然性が生まれてきたのではないでしょうか。
ではその必然性とは具体的にどのようなものでしょうか。
LGBTの「T」を例に考えてみます。
狭義でのTは、性自認と身体的性が一致していて周囲からの見られ方が違うことを指します。
一方、性自認と身体的性が異なるのがトランスセクシュアルです。
LGBTのTが示す広義のトランスジェンダーは、トランスセクシュアルや狭義のトランスジェンダーを含んだものとなります。
想像してみてください。
男性が、自分は男性だと思って生きているのに、あなたは実際は女性なんですよ、と言われたら?
逆に女性が、女性だと思って生きているのに、本当は男性なんですよ、と言われたら?
まるで尊厳を踏みにじられたような気になるのではないでしょうか?
もちろん今までその性として生きてきていきなり違うと言われるのと、徐々に自分の性自認が身体的性と違うと気付くのとでは違うでしょう。
しかしトランスジェンダーの人が、徐々に確立していく自分の性自認と生まれながらに変え難い身体的性の開きに苛まれ、苦しい思いを経験してきたことは想像に難くありません。
意図的に言語から性別をなくそうという動きは、こうした人々の尊厳に配慮するという面があります。
利便性との兼ね合いで賛否両論はあるでしょうが、個人的には多少の言語の不自由は慣れてしまえばどうってことはないのかな、と思います。
まとめ-heでもsheでもない、theyという3人称単数
さて今回は、性の多様性への対応のために、heやsheといった性別を含む単語が今後排除されるかもしれない、というお話でした。
では最近の中学校の英語教育はどうなっているのかと気になって、息子の教科書をのぞいてみました。
すると従来となんら変わりなく、男性はhe、女性はsheとなっていて、theyの単数としての使用については言及されていませんでした。
現在中2の息子に聞いても、そんなこと学校では習っていないという事でした。
考えてみれば当たり前ですが、日本の教科書がそこまで先進的なわけはありませんよね。
ところで英語がheやsheを排除したあかつきには、日本語はどうするのでしょうか?
英語ではheやsheをtheyとしたからといって、これまでの日本語訳の常識で対応したら、彼、彼女を「彼ら」と呼ぶ変な形になってしまいますね。
あるいは「その人」などと言い換えても、なんだか逆に複雑な響きを含んでしまいそうです。
そこはこれまでにない新しい言葉が必要なのかもしれませんね。